「打放しコンクリートと共に」 その14

こんにちはpikayoshi72です。

今回は建築保全‘87.1、2月号伝声管「ワタレスモルタルの開発・実用化」―水不用の既調合モルタル―を4回に分けご紹介します。本日が最後の4回目「3.施工方法及び施工例」、「おわりに」です。

3.施工方法及び施工例
 表-3は、ワタレスモルタルと従来のモルタル施工を比較したものである。昨61年9月、NTT横浜支社機械棟の改修工事で、既存通信機器の安全性確保の目的から「ワタレスモルタル」工法が採用された。その工事状況を写真-1~4に示す。
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 同現場で、ワタレスモルタルの付着及び圧縮強度(4週)試験を行ったところ、付着強度11.4kg2、圧縮強度200kg/cm2(いずれも3個の平均値)の結果を得た。施工結果は、開発目的どおりの性能が得られ、経済性、工期短縮のほか、階下に養生の必要がなく、今後のモルタル施工改善に明るい目途がついた。

―おわりに―
 以上、ワタレスモルタルの基本原理その他について簡単に述べ、改修工事に伴う諸問題の解決に有力な手段となることを紹介した。用途としては、情報通信機器の安全性を確保するためのみならず、勿論一般ビルの改修や緊急工事用に、特に、水の乏しい山頂や砂漠など遠隔地の工事の場合に、最も期待される材料工法であると思われる。

 以上で「ワタレスモルタルの開発・実用化」の紹介は終わりです。

 次回は、施工、1987年4月「外壁の漏水対策と補修防水工法」・“DD-エラスティック工法”弾性モルタルを用いたひび割れの補修をご紹介します。

この年、長年親しまれた後楽園球場が50年の歴史に幕をおろしました。巨人も優勝しました。

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-04-14 07:25 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その13

今回は建築保全‘87.1、2月号伝声管「ワタレスモルタルの開発・実用化」―水不用の既調合モルタル―を4回に分けご紹介します。本日は3回目「1.ワタレスモルタルの性能と特長」です。

1.ワタレスモルタルの性能と特長
 表-1、2にワタレスモルタルの性能試験結果と、その性能を示す。
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ワタレスモルタルの基本的材料のうち特殊アクリル系樹脂は、練り混ぜ水の吸着や保水作用の他、下地コンクリートとの付着性能改善、耐摩耗性、水密性の向上に貢献する。また特殊添加剤は、練り混ぜ水からの分離を防ぎ、モルタル塗りの作業性を促進する。これらの材料を用いたワタレスモルタルの特長をまとめると、以下のとおりである。
①水濡れの心配が無いので、モルタル塗りに起因する障害を防止できる。
②水濡れ予防の「防水シート」設置が不用である。
③施工に際し、下地コンクリートの水しめしの必要が無い。
④付着性が良好で、1回塗りで25mmの厚塗りが可能。
⑤防塵性、防水性にすぐれている。
⑥工程が少ないために、工期の短縮が図れる。

 以上が「ワタレスモルタルの開発・実用化」の「2.ワタレスモルタルの性能と特長」です。

 次回は、同じく建築保全‘87.1、2月号 伝声管「ワタレスモルタルの開発・実用化」―水不用の既調合モルタル― 「3.施工方法及び施工例」と ―おわりに― をご紹介します。
現在、販売してます「ワタレスモルタル」とは使用材料も異なり、性能も良くなっているかと思います。

さて、この年の暗い話題として、世界規模でエイズが広まりかなり深刻化した問題となってきました。その他に、民営化されたNTT株の公開買い付けが始まりましたが、買いが殺到し初値がつかなかったと、テレビで放映されてましたね!

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-04-07 07:21 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その12

こんにちはpikayoshi72です。

今回は建築保全‘87.1、2月号伝声管「ワタレスモルタルの開発・実用化」―水不用の既調合モルタル―を4回に分けご紹介します。本日は2回目「1.ワタレスモルタルの製造方法」です。

1.ワタレスモルタルの製造方法
 ワタレスモルタルとは、Water less mortar の略で、作業現場で水を使うことなく、モルタル塗りが可能な左官材料である。(図-1)
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 予め骨材表面及び骨材間隙に粘性層(ポリマー粒子の皮毅)を形成させて、そこに練りまぜ水を吸着させる。吸着した水は、運搬作業による振動などで分離することなく吸着状態を保つが、ミキサーに投入し撹拌することで、徐々に分離して柔らかさを増していく。その時点で、セメントを加え混練することにより、所要のワーカビリティのモルタルが出来上がる。図-2は、ミキサー投入前のワタレスモルタル主材の構造モデルを示したもの。
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 以上が「ワタレスモルタルの開発・実用化」の1.ワタレスモルタルの製造方法です。

 次回は、同じく建築保全‘87.1、2月号 伝声管「ワタレスモルタルの開発・実用化」―水不用の既調合モルタル― 「2.ワタレスモルタルの性能と特長」をご紹介します。
現在、販売してます「ワタレスモルタル」とは製造方法が少々異なります。

さて、この年の明るいニュースとして、衣笠祥雄選手が国民栄誉賞を受賞し、利根川進さんがノーベル医学・生理学賞を受賞されました。暗い話題として、世界各国の旅客機が墜落しています。やはり地に足がついていた方が、、、、!

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-03-31 07:20 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その11

今回は建築保全‘87.1、2月号伝声管「ワタレスモルタルの開発・実用化」―水不用の既調合モルタル―を4回に分けご紹介します。本日は「―まえがき―」です。

―まえがき―
 INS(高度情報システム)、キャプテンシステムなどに代表される情報革新の急速な進展に伴い、インテリジェントビルの建設需要、既存ビルのインテリジェント化への改造の動きが目立つが、こうした既存ビルの改修工事の際、常に問題となるのは次の2点である。
①稼働中の機器を停止できない場合が多くかつそれらに障害を与えずに工事を進めなければならない。
②改修工事による火災、漏水などの事故防止を絶対厳守。また、工期短縮のための段取りが要請される。
ごく身近な例でいえば、改造等で床モルタル塗施工の場合、従来は水しめしを行うが、これによって発生した余剰水やブリージング水が、ひび割れに伝って下層階に流れ、思わぬ事故を招く例が珍しくない。「ワタレスモルタル」は、このような不安を解消し、安定した高品質のモルタル製造を目的として、NTT建築部建築技術開発室の指導下にニチエー吉田(株)、ヘキスト合成(株)の3社が共同開発したものである。
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 以上が「ワタレスモルタルの開発・実用化」の―まえがき―です。

 次回は、同じく建築保全‘87.1、2月号 伝声管「ワタレスモルタルの開発・実用化」―水不用の既調合モルタル― 「1.ワタレスモルタルの製造方法」をご紹介します。

実はこの商品「ワタレスモルタル」は現在でも私の会社で直販しているんですよ!息の長い商品ですネ。

さて、この年の重大ニュースは、なんといっても国鉄の民営化ですね!4月1日、日本国有鉄道(国鉄)が115年の歴史に幕を閉じ、分割民営化がスタート!JRグループ11法人と国鉄精算事業団が発足しました。
 そしてもう一つ、1979年に出た自動車電話の電源部とアンテナの部分を一つのボックスに収容して車外に持ち出せるようにしたものがNTTで出した「ショルダーホン」ですが、重さが3キログラムとかなり大型でした。そして1987年、更に小型化した「携帯電話」重さ900gが出ました。この年から「携帯電話」という名称に変わったそうですが、現在のものと比較してもまだまだ重たかったようです!

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-03-24 07:29 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その10

こんにちはpikayoshi72です。

今回は建築保全‘85.1、2月号めんてなんす巷論「打放しコンクリート「の若返り工事」の最終「5.施工上の留意点」、「6.改修工事の概要」および「あとがき」についてご紹介します。

5.施工上の留意点
①剥離箇所及びその恐れのある部分、ひび割れ部は、特にチャック漏れのないように、複数の者による3回の確認を実施した。
②雨天時は勿論、降雨の懸念がある時は、レンガタイル面への二次汚損を考慮して施工しない。
③各天候寺における施工部分の状況確認。

6.改修工事後の経過(写真-3、4参照)
 施工後1年4ヶ月を経過したが、打放しコンクリート及びレンガタイル面とも、何等の問題も生じていない。今回、レンガタイル面にも表面防水固定処理剤を2回塗布したため、若干光沢が出たが、タイルの性質と目地部を考慮すると、結果的に好ましい判断であったと信じている。
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-あとがき-
「吉田工法」の最大の特色は、若返り最終工程にコンクリート表面処理剤NY-7090を含浸塗布することで、無機多孔質のコンクリート表面の毛細管空隙を塞ぎ、透水抵抗の高い緻密な皮膜を造成して、大気汚染や劣化防止に大きな効果を発揮することにある。
昭和42年秋に、皇居新宮殿工事に本件とは別の「打放しコンクリート表面修整吉田工法」が採用されて以来、急速に各方面から注目を頂いた。今後、外壁の改修をご計画の際は、是非とも本「吉田工法」のご検討を賜りたく存じます。参考資料は等は下記宛ご請求下さい。

最後の-あとがき-は少々宣伝めいたものとなっていますが、「吉田工法」が名実共に認知された年となったわけであります。
 次回は、同じく「建築保全」1987年1、2月号ワタレスモルタルの開発・実用化(水不用の既調合モルタル)をご紹介します。

さて、この年は、物騒な事件が頻発した年でもありました「豊田商事事件」、「国鉄同時多発ゲリラ」、「毒入りワイン騒動」そして最後に明るい話題として、阪神ファンに限られましたが「阪神優勝」です。

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-03-17 07:30 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その9

こんにちはpikayoshi72です。

今回は建築保全‘85.1、2月号めんてなんす巷論「打放しコンクリートの若返り工事」の「3.改修工法の選定」および「4.改修工事の概要」についてご紹介します。
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3.改修工法の選定
 各種の改修工法が比較検討された結果、次の理由で当社の「打放しコンクリート若返り吉田工法」{ニチエー吉田(株)}が採用された。
① 打放しコンクリート外壁面の劣化及び中性化抑止を第一に、原設計のデザインを損なわないこと。これは周辺建物との調和、原設計を尊重する必要があった。
② 2年ほど前にも、隣接建物を「吉田工法」で改修しており、何等の問題も生じていない実績が評価された。
③ 本建物の改修範囲が予算の関係で半棟分であり、残りの半棟を将来改修する際、色調が最大問題となるが、その意味でも最適工法とされたこと。
④ 25年以上の実績があり、特に、電電公社(現在のNTT)関係建物に多く採用されて信用度が高く、かつ直営システムの責任施工で、経済性でも有利と判断された。

4.改修工事の概要
(1)表面清掃・・・・・①洗浄ブラシを併用して「ケミカルエースR」〔ニチエー吉田(株)製〕による化学洗浄工法で、赤錆その他著しい汚染部分を除去する。②圧力200kg/cm2のジェット水洗により、全面清掃する。③塗材はカワスキ等で除去後、ラッカーシンナーで除去する。
(2)コンクリート強化処理・・・・・NY-606コンクリート強化剤を、刷毛を用いて打放しコンクリート表面に含浸塗布する。
(3)浮き・剥離箇所の補修・・・・・既存補修モルタル部分を斫り除去し、NY-調合樹脂プライマーを塗布後、斫りの大小、深浅に合わせてNY-調合樹脂モルタルの付け送りを2~3回施す。
(4)ひび割れ補修・・・・・電動カッターでVカット後、シリコンシーラントのコーキングを施し、NY-調合樹脂モルタル押えとする。
(5)露出鉄筋の処理・・・・・ワイヤーブラシで錆を除去後、防錆エポキシ樹脂を塗布し、NY-調合樹脂モルタルによる被り補修を行う。
(6)レンガタイル欠損部の補修・・・・・剥離落下したタイルをNY-調合樹脂モルタルで造成着色して、健全レンガタイルと同一仕上げとする。目地補修は、目時空隙部に同樹脂モルタルを充填する。
(7)全面の色合せ及びタイル面の色修整・・・・・打放しコンクリート表面、レンガタイル目地の全面にわたり若返り色合せした後、上述の造成タイル、退色したレンガタイル及び駄目部を調合着色して、色揃えする。
(8)打放しコンクリート面の板目・木目造成・・・・・打放しコンクリート面の板割付け、墨出しを行った後、板目・木目の造成をする。
(9)打放しコンクリート面の防水処理・・・・・最終仕上げとして、打放しコンクリート表面に防水固定処理剤NY-7090を全面に塗布して、工事は完了する。

今回はここまでです。少々ボリュームのあるものになりましたが、おつき合い頂きありがとうございました。
 次回は、「建築保全」1985年1、2月号めんてなんす巷論、「打放しコンクリートの若返り工事」の
「5.施工上の留意点」「6.改修工事後の経過」および「-あとがき-」をご紹介します。

この年に電電公社から日本電信電話株式会社(NTT)(4月1日)、専売公社から日本たばこ産業(JT)(4月1日)民営化が本格的にスタートした年でした。勿論、携帯電話などは夢の時代でしたね!

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-03-10 07:27 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その8

こんにちはpikayoshi72です。

今回から建築保全‘85.1、2月号めんてなんす巷論「打放しコンクリートの若返り工事」についてご紹介します。

この「建築保全」という機関誌は(財)建築保全センターが編集し隔月刊で発行されていました。
創刊号は1979年7月号で2001年4月号より季刊発行(4回/年)となり、機関誌名も「Re」となっています。

表題「打放しコンクリートの若返り工事」は6項目で構成され今回は「1.対象建物の概要」、「2.汚損状況と損傷診断結果」をご紹介します。

1.対象建物の概要
ここにご紹介する改修建物は、昭和34年に竣工した某研究棟でRC造、地下2階、地上3階建のもの。柱・梁は鋼製型枠使用の打放しコンクリート、外壁はレンガ調タイル(以下、レンガタイルと呼ぶ)仕上げである。

2.汚損状況と損傷診断結果(写真-1.2参照)
(1)汚れ・・・・・長年月に付着した塵埃と、斑点状に黒く汚染した打放しコンクリートに鋼製サッシ枠の錆が染み込み、また、各所にコケやカビが発生しており、レンガタイル目地もひび割れによる欠損箇所が目立った。
(2)鉄筋の腐食・・・・・鉄筋腐食によるコンクリートの亀裂、剥離、落下が見られた。  
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(3)既存補修モルタルの浮き・・・・・過去に補修されたモルタルは、微細なクラックが縦横に走り、テストハンマーで軽く叩いただけで簡単に剥落した。
(4)ひび割れ・・・・・外壁のひび割れが随所にあり、雨水侵入の痕跡が明瞭であった。
(5)エフロレッセンス・・・・・目地とレンガタイルの各所にエフロレッセンスの流出があり、経年変化で不溶化した個体状となっていた。
今回はここまで

 次回は、「建築保全」1985年1、2月号めんてなんす巷論、「打放しコンクリートの若返り工事」の「3.改修工法の選定」および「4.改修工事の概要」をご紹介します。

 さて、1985年8月12日午後6時50分ごろ、日航ジャンボ機が墜落。羽田空港を離陸し大阪に向かった日航ジャンボ機が、緊急連絡の後、消息を絶ちました。午後9時すぎ群馬県の御巣鷹山の尾根で機体が発見されましたが、奇跡的に4人の女性が救出されました。乗客乗員520人が死亡するというわが国航空史上最悪の大惨事となり乗客の中には歌手の坂本九さんが乗っていました。この日から坂本九さんの「上を向いて歩こう」は生で聞くことが出来なくなったのです。

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-03-02 10:40 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その7

こんにちはpikayoshi72です。

建築技術‘69.6月号への寄稿-6についてご紹介します。
表題は「打放しコンクリート表面の補修方法」4項目で構成され今回は最終項「4.打放し仕上げの簡易造成法」をご紹介します。

4.打放し仕上げの簡易造成法
以上(補修用材料のこと)に紹介した材料は、打放し面の補修に適しているばかりでなく、また
外観や耐候性も普通の打放しコンクリートと変わらない左官仕上げに応用することが出来る。
 例えば打放し施工の建物で上方に増築するような場合、できるだけ軽量化するため鉄骨造とし、しかも仕上げは既設部分に合わせたいことがある。そのようなときにこの簡易造成工法がよく利用されている。
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 施工方法は、まずラス張りないしはそれに準じた下地とし、下地が良好な状態に乾燥したときを見はからってエポキシ樹脂を塗布のうえ、前述した材料を用いて表面仕上げを行うのである。打放しの木目模様は、型枠を使ってあざやかに仕上げ面に転写される。

 以上をもって、建築技術‘69.6月号「打放しコンクリート表面の補修方法」の紹介は終わりです。
最後の章にモルタルの上にも打放しの木目模様を転写し、仕上げることが出来る。と書いていますが、これが後の、「ノンクリート打放し意匠仕上げ」、「ALCフェイス仕上げ」に発展していくわけです。
 次回は、「建築保全」1985年1、2月号メンテナンス巷論、題して「打放しコンクリートの若返り工事」をご紹介します。

 1969年、明るいニュースは人類初の月面着陸ぐらいで、後はベトナム戦争に係わるもの、大学紛争等暗いことが多かったような気がします。

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-02-25 07:17 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その6

こんにちはpikayoshi72です。
建築技術‘69.6月号への寄稿-5についてご紹介します。
表題は「打放しコンクリート表面の補修方法」4項目で構成され今回は「3.補修用材料」後編を
ご紹介します。

3.補修用材料(後編)
2)打放し面の修整色あせ
 打放しコンクリートの表面の色は千差万別であり、したがって補修の色合せも非常にむずかしいものの一つとされている。
 われわれが、色合せのため、打放しコンクリートの色配合の基本として、その建物に使用されたセメントと同一のものを基調とし、これにアルミナ、硅砂、無収縮剤および樹脂等を処方している。なお施工は、本体コンクリートの乾燥度を確認のうえ行うことが大切で、本体の型わく取りはずし後、少なくとも2週間以上経過してから着手する。
3)不変色剤の利用
 空気中の湿気や雨の中などに含まれている各種の化学成分は打放し面の修整に使われている科学材料の変化を呼び起こすことが多い。したがって、耐候性能のすぐれた不変色剤を利用することにより、この問題の解決をはかっている。
 参考までに、耐候性試験結果の一例を表2に掲げておく。また、実際の補修状況をカラー写真で紹介した。

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以上が、「3.補修用材料」後編です。

来週はこの続き、建築技術‘69.6月号最後の章になりました「4.打放し仕上げの簡易造成法」をご紹介します。

39年前にしては使用材料の性能、耐候性はかなりよかったのではないかと思います。

当時、物騒な事件として「連続ピストル魔」事件がありましたが、4月7日警視庁は連続ピストル射殺事件の容疑者で永山則夫を逮捕しました。
また10月21日、荒れた国際反戦デー、社共両党・総評など86万人が統一講堂、反共産党系学生のゲリラ活動で1,505人が逮捕されました。どちらも暗いニュースです。

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-02-18 07:23 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その5

こんにちはpikayoshi72です。

建築技術‘69.6月号への寄稿−4についてご紹介します。
表題は「打放しコンクリート表面の補修方法」4項目で構成され今回は「3.補修用材料」前編をご紹介します。

3. 補修用材料
 以上(2月4日のブログ)の基本事項を満足するためには、接着性、強度、防水性、耐候性等のすぐれた補修材料を使用しなければならない。
 次に参考のため、われわれが使用している補修材料について概要を紹介する。
1) コンクリートモルタル
 コンクリートやモルタルに酢酸ビニルを添加すると、フロー値が非常によくなり、その結果強じん性が付与されて接着性は向上し、さらに曲げ強度も増進され、亀裂防止の役割をはたす。早強ポルトランドセメントを使用し、JIS R 5201 によって試験した結果の一例を表1に示しておいた。
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 なお、補修工事に使用するコンクリートやモルタルには、この酢酸ビニル樹脂のほかさらに特殊化学材料を混入し、弾性および曲げ強度、防水性、付着性などを改善するとともに、また亀裂の完全防止をもはかっている。

 以上が、「3.補修用材料」前編です。
ことさら、39年前の補修方法がわかってきますが、使用していた樹脂材が現在と違うようです。
 来週はこの続き、題して「3.補修用材料」後編をご紹介します。

 当時日本のGNPが西側諸国で第2位になった一方、日本国内では学生デモにより占拠された東大安田講堂に1月15日、全学共闘会議派学生が立てこもった。大学は実力排除を決め、要請を受けた警視庁が18日に機動隊を導入しました。学生は最後まで抵抗を続けた為、ヘリコプターを使っての催涙弾投下、放水など1日半にわたる猛攻の末、学生は排除されました。この騒ぎで375人が逮捕。テレビで放映されたのを微かな記憶ですが残っています。

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-02-11 13:35 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その4

こんにちはpikayoshi72です。
建築技術‘69.6月号への寄稿-3についてご紹介します。
表題は「打放しコンクリート表面の補修方法」4項目で構成され今回は「2.補修の要点」
後編をご紹介します。

2.補修の要点
さらに極端になると、鉄筋が露出するまで大げさに斫ったうえ、新しく型枠に大工手間をかけてコンクリートを打ち直す例もあるが、これは予算の問題で構造物自身にあたえる悪影響などを考えた場合好ましいことではない。われわれはこのようなときも、独自の付け送り工法によって補修を行っている。
 以下に述べたような補修の不完全さを克服するためには、まず次の基本事項を守ることが大切である。
①亀裂の発生を防ぐため、収縮のない配合材料を使用すること。
②また同じく亀裂防止のため、補修材料は接着性のよいものを使用すること。
③本体コンクリートに合致した色配合とし、同時に変色しない耐候性の科学材料を選ぶこと。
④補修材料の強度は本体コンクリートと同一か、またはそれ以上であること。
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以上が、「2.補修の要点」後編です。
徐々に、40数年前の補修方法がわかってきますね。来週はこの続き、題して「3.補修用材料」前編をご紹介します。

この年、海外ではベトナム戦争やアフリカ西部のビアフラの飢餓状態に抗議してパリの女学生フランシーヌ・ルコントが焼身自殺をしました。日本でも彼女のことを、新谷のり子さんが「フランシーヌの場合」を歌っていました。
フランシーヌの場合はあまりに~もお馬鹿さん、歌詞の始まりはこんな感じでしたかね、、

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-02-04 07:23 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その3

こんにちはpikayoshi72です。

建築技術‘69.6月号への寄稿-2についてご紹介します。
表題は「打放しコンクリート表面の補修方法」4項目で構成され今回は「2.補修の要点」前編を
ご紹介します。

2.補修の要点
 打放しコンクリートは、配合材料の関係で打ち上がり表面に砂地(水あばた)や砂利あばた等が見られるのが普通であるが、これらは当然補修が必要であり、左官工の手によって補修が行われている。
 しかし厚みのないモルタル補修は、当然のことながら収縮現象による亀裂の発生を伴う。
また、同一配合のモルタルで補修したにもかかわらず本体コンクリートとの色違いをきたしたり、時間の経過とともに顔料が変退色するなど、いろいろと大きな問題が潜在しており、さらには所要強度の出ないことが根本的な欠陥であった。
 また、打放しコンクリートの柱やはりが、型枠のはらみ・曲り等のため補修を余儀なくされ、左官工事による付け送りを行う場合があるが、下地コンクリートにたいする接着性が悪いため浮き現象が発生し、せっかく補修した表面にまで亀裂がおよんで失敗するケースが非常に多い。
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以上が、「2.補修の要点」前編です。今回はここまで!
来週はこの続き、題して「2.補修の要点」後編をご紹介します。

さて少し本編から離れて、「打放しコンクリートと共に」と題して建築専門誌への寄稿文をご紹介しているのですが、無味乾燥な技術系の話ゆえ、自分でも面白くないと感じる時があります。そこで今回から、当時の社会的な出来事をご紹介し、その当時を思い出しながら書きたいと思います。

早速調べましたら、ありました!
・1969年 - 人類が月面へ到達した。アポロ11号の月面着陸。
最近では本当に月面に着陸したのか疑惑本が結構出ていますね。

・1969年 - 東名高速道路が全線開通。
私は東京オリンピックの年(1964年)に開通したと思っていましたが、全線開通
したのは1969年だったんですね!少し驚きです。

それでは次回をお楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-01-28 07:24 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その2

こんにちはpikayoshi72です。
先週お約束しました建築技術への寄稿内容についてご紹介します。
表題は「打放しコンクリート表面の補修方法」4項目で構成され「1.はじめ」にから始まり最後は「4.打放し仕上げの簡易造成法」で締めくくっています。
固い文面ですが、当時のものをそのままお伝えします。

1.はじめに
 近代建築の花形といわれる打放しコンクリートは近年長足の進歩をとげ、技術面での研究も続けられているが、仕上がり精度は主として型枠の材質・形状に左右され、また鉄筋・鉄骨配合材料等各種のファクターによって打上がりの状態が決定されるので、完全な打上がりを得ることはきわめて困難である。
 したがって、打放しコンクリートの表面に欠陥が生じた場合はこれを補修することになるが、補修部分は美感上ただ目立たないように仕上げればよいといったものでなく、接着性・強度・防水性・耐久性等、あらゆる条件をも同時に満足することが望まれる。
 以下、打放し面の補修工事を手掛ける専門業者の立場から、補修要領を紹介するとともに、この補修工法をさらに発展させた左官工法による打放し仕上げの簡易造成法についても簡単に触れてみたい。
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昔は随分苦労していたことが文面から想像できます。
今回はここまで!
来週はこの続き、題して「2.補修の要点」をご紹介します。
お楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-01-21 07:25 | ブログ

「打放しコンクリートと共に」 その1

 こんにちはpikayoshi72こと吉田です。
 ブログを始めたのが2005年の7月、早2年半が経過しました。
ブログの内容は一貫して打放しコンクリートに纏わる内容で続けてきました。
先回のブログにも書きましたが、第百二十七話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」安藤忠雄先生を最後にして、今年からは私が過去執筆しました建築専門誌への投稿文を年代順に少しずつご紹介させていただきたいと思います。相手がコンクリートのせいか堅いお話になるかとは思いますが、打放しコンクリートファンの方々には若干なりとも興味を示すものになるのではないか、、、、と、思いますが。
お時間の許す限り是非おつき合いください。
 それでは早速ご紹介します。私が建築専門雑誌に投稿した記念すべき処女作?とでもいいましょうか。それは「建築技術」№214 1969年6月号です。
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 さて、月刊「建築技術」の歴史は古く創刊は昭和26年11月ですから私の会社が出来る前からこのような建築専門紙があったわけです。すごいですね!ところで私の会社は丁度50年目に入りました。
投稿内容は「特集/コンクリートの肌地仕上げ」にあわせて
タイトルは「打放しコンクリート表面の補修方法」
内容は打放しコンクリート表面の補修はきわめて困難とされている。筆者は、打放しの補修工事を手掛ける専門工事業者の立場から、まず補修用モルタルの材質の問題にふれ、補修の実例を写真によって紹介する。
 こんな風に紹介されています。
 来週は投稿内容を少しずつおつかれしない範囲でご紹介させていただきます。
 お楽しみに!
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# by pikayoshi72 | 2008-01-15 07:25 | ブログ

第百二十七話 「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   安藤忠雄

 関西生まれ、10代後半から大阪や京都の日本古建築を見てまわる。
 自然の素材を生かし装飾を省き力強さと美しさを奏でる日本建築。その衝撃を打放しコンクリート作品に。安藤忠雄の美学、その根底は伝統的な日本古建築にあり、とか。
 打放しコンクリート建築は50年余を積み重ね変化を辿り乍ら、その仕上げは大きく変貌、現在の端正な作品に映し出される。
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 数え切れない程の打放しコンクリート建築の名作。この先どの様な進化を見せるか、世界に誇る建築家安藤忠雄!
 益々のご活躍をお祈りします。
 
 次回からは1960年代頃から業界専門誌に掲載された打放しコンクリートにまつわる記事を基に現在と比較、変貌を遂げる仕上げ作法をお伝えしたいと思います。
 数々の至らぬブログにご辛抱いただき心よりお礼申し上げます。皆様のご健勝とますますのご成長をお祈り申し上げ、「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」 を終わりたいと思います。
おつきあい頂き誠にありがとうございました。
次回は2008年1月15日に投稿します。
こうご期待!
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# by pikayoshi72 | 2008-01-01 15:06 | ブログ

第百二十六話 「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」  丹下健三

 愛媛県のご出身、戦後の日本の近代建築のトップランナー。数多くの打放しコンクリート建築を手掛ける。
 広島平和記念館、国立屋内総合競技場や香川県庁舎などどれもこれもみな日本を代表する作品ばかり。
 
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 打放しコンクリートの建築家ル・コルビュジェ、前川國男の流れを汲みつつ丹下健三独自の打放しコンクリート建築のかたちを創成し、日本の建築界に多大な影響を与えた巨人。打放しコンクリート建築に留まらず人呼んで“時代を映した多面体の巨人”
 2005年3月22日逝去。ご冥福をお祈りします。
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# by pikayoshi72 | 2007-12-25 07:20 | ブログ

第百二十五話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   前川國男(1905~1986)

 打放しコンクリートの元祖、ル・コルビュジェからレーモンド事務所へ、日本の打放しコンクリート建築の礎を築いた建築家前川國男。ヨーロッパの打放しコンクリート建築を日本の建築文化に昇華させる。師、レーモンドの思想を継承。荒々しい打放しコンクリートを美ととらえる。その作品、1960年「京都会館」、1961年「東京文化会館」など忘れ難い打放しコンクリート建築。
 
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 前川國男の門下生には丹下健三を始めとして世界に名立たる建築家を育て輩出する。その足跡は打放しコンクリートに限らず日本建築の改革と進歩に足跡を残す偉大な建築家に数えられる。
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# by pikayoshi72 | 2007-12-17 07:20 | ブログ

第百二十四話 「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   アントニン・レーモンド

 本ブログを始めて、はや百二十四話に達しました。最初に日本を代表する作品とその建築家に引き続き世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家、本年最後の12月31日をもって一まず締め括りたいと思います。そこで、振り返ってみると多士済済の作品と人物に出会いました。何といっても印象的であったのは発祥の地ヨーロッパの打放しコンクリート建築を日本の建築文化として、世界にまでその作品を広めた偉大な建築家であると思います。
 
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 その時代を反映した代表的な建築家にアントニン・レーモンドが想起されます。日本を活動の地と定め打放しコンクリートの創成期を築いた建築家。
 打放しコンクリートの素材感を美として見出し、そのコンクリートの自然なままの素材感を生かし石造の複製手段から脱皮させ、コンクリートの粗い表面はそのままでも美しいことを示し、実用化した日本に於ける打放しコンクリート建築家の一人。
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-12-10 07:27 | ブログ

第百二十三話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   イオ・ミン・ペイ

  イオ・ミン・ペイは中国系アメリカ人で漢名は「貝事銘」。生まれは1917年中国広東省広州市、香港の名門セント・ポールカレッジを卒業後、上海セント・ジョーンズ大学へ。その後渡米、ペンシルバニア大学・マサチューセッツ工科大学にて建築を学ぶ。
  1948年ハーバード大学にて建築学修士号を取得、同大学助教授に。1954年アメリカ国籍を取得。1955年イオ・ミン・ペイは自ら事務所をニューヨークに設立。ルーヴェル芸術館ピラミッドなど数々の名作品を生み出す。
イオ・ミン・ペイ曰く最も影響を受けた建築家はル・コルビュジェといわれ、その作品にはオール打放しコンクリートによるボストンのクリスチャン・サイエンス・チャーチ・センター。
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  1983年プリッカー賞を受賞する。
  アジア出身の建築家として世界的に最も成功した一人として名を成す。
  次回をお楽しみに
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# by pikayoshi72 | 2007-12-03 07:22 | ブログ

第百二十二話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   ヨーン・ウッソン

 オーストラリア・シドニーに建つオペラハウス、球面を組み込み合わせたような形状は強烈な印象を与え、オーストラリアのシンボルマークとして親しまれる。オーストラリアの世界に誇る代表的な打放しコンクリート建築作品。
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  ヨーン・ウッソンは1918年生まれ、デンマーク・コペンハーゲンの建築家。コペンハーゲンのロイヤル・アカデミーで建築を学ぶ。
 このオペラハウスは、1957年オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の国際コンペに入選したもの。
 当時無名であったヨーン・ウッソンはこの作品で世界の建築界に鮮烈にデビュー。
 1973年着工後14年目でようやく完成。2003年ウッソンは独創的なこのオペラハウスの設計で、シドニー大学から名誉博士号を授与され、同年、建築界最高の栄誉であるプリッカー賞を受賞。名建築家としてその名を世界に残す。
 現在は引退しスペインで悠々自適の生活。
 次回をお楽しみに
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# by pikayoshi72 | 2007-11-26 07:25 | ブログ

第百二十一話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   カルロ・スカルパ

 1906年、ヴェネツィア生まれのイタリア人建築家カルロ・スカルパは、職人の親方の下で長い間見習いを続け建築に対する技術を磨く。彼の建築は打放しコンクリートを素材として用い感性豊かな想像力で個性的な作品に仕立て上げる。
 1972年、イタリアの財閥ブリオン一族の墓地をカルロス・スカルパに任せる。ブリオンヴェガ墓地は、内外共オール打放しコンクリートで構成されカルロス・スカルパの傑作とされる。建物の機能面でも経費面でも全く制限されることなく造られたといわれています。
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 カルロ・スカルパは、1978年来日、仙台にて脳腫瘍のため72歳で死去、ご冥福をお祈りします。
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-11-19 15:56 | ブログ

第百二十話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」    パオロ・ソレリ

 フランク・ロイド・ライトの設計思想を継ぎ発展させる。「社会的資源を集中、効率よく利用することによって都市スペースをコンパクトにして良好な環境が維持される」との考え、つまり「完全環境都市」アーコロジー、その元祖と言われています。

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 パオロ・ソレリはイタリアの建築家、活動の地はアリゾナ、アメリカ。広大な原野に打放しコンクリートによる都市作り。砂漠との共生をテーマにアリゾナ、アーコサンティに「建築と自然の調和」。30年程前に着工するも未だ彼の計画の数パーセントに過ぎないと言われています。何時完成するのか見当がつきません。
 国内では大阪万国博覧会の頃でした。
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-11-12 07:20 | ブログ

第百十九話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」  ポール・ルドルフ 

 イェール大学建築芸術学部棟1964年に完成。打放しコンクリートを細かな縦目地とはつり仕上げによる造形美の見事な6階建ての建物。
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 打放しコンクリート表面のはつり仕上げはポール・ルドルフが元祖か。以降、日本国内でも打放しコンクリートはつり仕上げが取り上げられ散見される。
 国内では1966年丹下健三の作品、山梨文化会館の円柱はその代表的なもの。
 この頃ベトナム戦争が本格化し、日本は高度経済成長を続け、アメリカは韓国への経済支援の余裕がなくなり日本に肩代わりを要求。1965年佐藤内閣は日韓国交正常化交渉をはかり韓国と国交を回復した時代でした。
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-11-05 07:25 | ブログ

第百十八話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   ケヴィン・ローチ 

 1922年アイルランド・ダブリンに生まれる。アイルランド国立大学ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンを卒業。1948年アメリカに移民。
エーロ・サーリネン建築事務所に在籍、1961年サーリネンが没し、その後サーリネンが未完成のまま残した10個の大プロジェクトを完成させる。
 1966年ローチは土木技術者のジョン・ディンケルとコネチカット州ハムデンに「ローチ・アンド・ディンケルー」設計事務所を設立。
 最初の大型物件はカリフォルニア州オークランド博物館。

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 打放しコンクリートによる美術館・歴史博物館・自然博物館の三つの建物と屋上庭園で統合されたもの。
 ローチは1982年プリツカー賞、1933年にはAIAゴールドメダルを受賞。
 20世紀の「ケヴィン・ローチ・ジョン・ディンケルー・アンドアソシエイツ」の創設者。アメリカの大手建築事務所として名を馳せる。日本では汐留シティセンターがある。
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-10-29 07:27 | ブログ

第百十七話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」  モシフ・サフディ 

 1967年モントリオール万博の住居として建てられた“アビタ67”は、モシフ・サフディがマクギル大学の卒業論文に書かれたもので1960年代の未来住宅の先駈けとされる。
工場生産による量産式による集合住宅。打放しコンクリート建築の範疇に入るか否か。
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 新しい形態を追求したサフディは、コストダウンのメリットを犠牲にしてもボックスユニットによる新しい集合住宅の可能性を追求したといわれる。反面、現場打ちの打放しコンクリートで作ろうとしたらこのスタイルの集合住宅は途方もない費用がかかり、工場生産のボックスユニットだから実現したといわれている。さてどちらに軍配があがるか?
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-10-22 07:20 | ブログ

第百十六話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   磯崎 新

 1931年大分に生まれる。1954年東京大学工学部建築学科を卒業。丹下健三研究室で黒川紀章らと一緒に1960年東京計画に参加。その後東大大学院へ、建築学博士課程を修了。1963年丹下健三研究室を退職。磯崎新アトリエを設立する。
 1967年初期の代表作打放しコンクリートによる大分県立大分図書館は日本建築学会賞作品賞を受賞。
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 以降、数々の名作品は枚挙にいとまが無い。しかも、国内に留まらず海外での活動も多く、その作品は1986年英国RIBAゴールドメダル、1996年ヴェネチアビエンナーレ建築展金獅子賞受賞など。
 建築家磯崎新は東京大学、UCLA、ハーバード大学、コロンビア大学など国内外の客員教授としても活躍。その一方、著作に於いても存在感を示す。その他多くの国際コンペの審査員をつとめるなど多彩な活動を展開、留まるところを知らない。
 門下生には六角鬼丈、八束はじめや吉松秀樹など有名建築家を輩出する。
 なお、代表作大分図書館は1997年改修され、アートプラザとなる。
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-10-15 07:22 | ブログ

第百十五話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」     ルシオ・コスタ

 1902年フランスのツーロンに生まれ、イギリスのニューカッスル・アポン・タインのロイヤル・グラー・スクールを経てフランスモントルーのコレージュ・ナシオナルに学ぶ。1917年ブラジルに渡り国立美術学校で建築を専攻、ルシオ・コスタは巨匠コルビュジェを知り強い影響を受ける。1957年ブラジル新首都コンペにおいて全体計画案に入選。オスカー・ニーマイヤーがその建築にあたる。打放しコンクリートを軸とした国会議事堂・最高裁判所・行政庁が配置され、板状の高層事務棟を並列した議事堂から成るもの。
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 建築家ルシオ・コスタは都市計画家として、この首都ブラジリアの設計によって一躍注目される。
 1998年96才、リオ・デ・ジャネイロで死去。
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-10-08 07:21 | ブログ

第百十四話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   ゴッドフリード・ベーム

 1962年ゴッドフリード・ベームの初期の打放しコンクリートによる代表作品“ベンスベルク市庁舎”。中世の街並みに調和した彫刻的、結晶のような造形、打放しコンクリートの腰壁とガラス窓が交互に帯状を構成、ヨーロッパの古い街並、歴史あるベンスブルクの街並に建つ。
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 この頃、日本では建築家丹下健三とメタボリストたちが世界の建築界へ進出。日本の地位向上に飛躍した頃、1964年の東京オリンピック開催、その主要施設の数々は日本の建築レベルの高さを世界に確立された頃でした。
次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-10-01 07:18 | ブログ

第百十三話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」       アントニン・レーモンド

 1888年チェコに生まれプラハ工科大学に学ぶ。アメリカに渡りフランク・ロイド・ライトの事務所に在籍。1919年帝国ホテルの設計施工のためライトと共に来日する。3年後の1922年フランク・ロイド・ライトより独立、レーモンド設計事務所を開設。
 取り壊されはしましたが、かの有名な霊南坂の家は日本で最初の。打放しコンクリート住宅として現在でもよく知られています。
 第2次世界大戦後の1947年荒廃した戦後日本に再度来日。1961年群馬音楽センターはレーモンドの代表作品、内外共。打放しコンクリートによるもの。
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 当時モダニズム建築の先端に位置する日本の建築家の一人ともいわれ国内では30余の著名作品を残し、1976年88才で死去。戦前、戦後の日本建築を最もよく理解された建築家でした。
 次回をお楽しみに
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# by pikayoshi72 | 2007-09-24 06:17 | ブログ

第百十二話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」  アトリエ5 

 1950年スイスの若い建築家たちが結成したグループ。1961年打放しコンクリートによるハーレンの集合住宅。ベルン近郊のアルプスを望む森林地帯の傾斜地に建つ。緑豊かな風景に溶けこみ、屋上は見事な植栽からなる庭園。打放しコンクリートの巨匠ル・コルビュジェの提案した風景の中に連続するテラスハウスを実現した先駆的作品とされる。荒々しい打放しコンクリートの肌が周囲の緑と一体化し、大自然と見事な調和をみせる。自然環境に最も溶けこんだ集合住宅は今でも素晴らしい作品として高い評価を受ける。
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 さて、国内は池田勇人内閣の時代、所得倍増計画を打ち出し高度経済成長へまっしぐら。岩戸景気とさわがれ、電気冷蔵庫・電気洗濯機・白黒テレビ(三種の神器)が普及した頃でした。
 次回をお楽しみに。
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# by pikayoshi72 | 2007-09-17 08:58 | ブログ