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第百二十六話 「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」  丹下健三

 愛媛県のご出身、戦後の日本の近代建築のトップランナー。数多くの打放しコンクリート建築を手掛ける。
 広島平和記念館、国立屋内総合競技場や香川県庁舎などどれもこれもみな日本を代表する作品ばかり。
 
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 打放しコンクリートの建築家ル・コルビュジェ、前川國男の流れを汲みつつ丹下健三独自の打放しコンクリート建築のかたちを創成し、日本の建築界に多大な影響を与えた巨人。打放しコンクリート建築に留まらず人呼んで“時代を映した多面体の巨人”
 2005年3月22日逝去。ご冥福をお祈りします。
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by pikayoshi72 | 2007-12-25 07:20 | ブログ

第百二十五話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   前川國男(1905~1986)

 打放しコンクリートの元祖、ル・コルビュジェからレーモンド事務所へ、日本の打放しコンクリート建築の礎を築いた建築家前川國男。ヨーロッパの打放しコンクリート建築を日本の建築文化に昇華させる。師、レーモンドの思想を継承。荒々しい打放しコンクリートを美ととらえる。その作品、1960年「京都会館」、1961年「東京文化会館」など忘れ難い打放しコンクリート建築。
 
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 前川國男の門下生には丹下健三を始めとして世界に名立たる建築家を育て輩出する。その足跡は打放しコンクリートに限らず日本建築の改革と進歩に足跡を残す偉大な建築家に数えられる。
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by pikayoshi72 | 2007-12-17 07:20 | ブログ

第百二十四話 「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   アントニン・レーモンド

 本ブログを始めて、はや百二十四話に達しました。最初に日本を代表する作品とその建築家に引き続き世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家、本年最後の12月31日をもって一まず締め括りたいと思います。そこで、振り返ってみると多士済済の作品と人物に出会いました。何といっても印象的であったのは発祥の地ヨーロッパの打放しコンクリート建築を日本の建築文化として、世界にまでその作品を広めた偉大な建築家であると思います。
 
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 その時代を反映した代表的な建築家にアントニン・レーモンドが想起されます。日本を活動の地と定め打放しコンクリートの創成期を築いた建築家。
 打放しコンクリートの素材感を美として見出し、そのコンクリートの自然なままの素材感を生かし石造の複製手段から脱皮させ、コンクリートの粗い表面はそのままでも美しいことを示し、実用化した日本に於ける打放しコンクリート建築家の一人。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-12-10 07:27 | ブログ

第百二十三話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   イオ・ミン・ペイ

  イオ・ミン・ペイは中国系アメリカ人で漢名は「貝事銘」。生まれは1917年中国広東省広州市、香港の名門セント・ポールカレッジを卒業後、上海セント・ジョーンズ大学へ。その後渡米、ペンシルバニア大学・マサチューセッツ工科大学にて建築を学ぶ。
  1948年ハーバード大学にて建築学修士号を取得、同大学助教授に。1954年アメリカ国籍を取得。1955年イオ・ミン・ペイは自ら事務所をニューヨークに設立。ルーヴェル芸術館ピラミッドなど数々の名作品を生み出す。
イオ・ミン・ペイ曰く最も影響を受けた建築家はル・コルビュジェといわれ、その作品にはオール打放しコンクリートによるボストンのクリスチャン・サイエンス・チャーチ・センター。
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  1983年プリッカー賞を受賞する。
  アジア出身の建築家として世界的に最も成功した一人として名を成す。
  次回をお楽しみに
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by pikayoshi72 | 2007-12-03 07:22 | ブログ