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第百十八話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   ケヴィン・ローチ 

 1922年アイルランド・ダブリンに生まれる。アイルランド国立大学ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンを卒業。1948年アメリカに移民。
エーロ・サーリネン建築事務所に在籍、1961年サーリネンが没し、その後サーリネンが未完成のまま残した10個の大プロジェクトを完成させる。
 1966年ローチは土木技術者のジョン・ディンケルとコネチカット州ハムデンに「ローチ・アンド・ディンケルー」設計事務所を設立。
 最初の大型物件はカリフォルニア州オークランド博物館。

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 打放しコンクリートによる美術館・歴史博物館・自然博物館の三つの建物と屋上庭園で統合されたもの。
 ローチは1982年プリツカー賞、1933年にはAIAゴールドメダルを受賞。
 20世紀の「ケヴィン・ローチ・ジョン・ディンケルー・アンドアソシエイツ」の創設者。アメリカの大手建築事務所として名を馳せる。日本では汐留シティセンターがある。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-10-29 07:27 | ブログ

第百十七話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」  モシフ・サフディ 

 1967年モントリオール万博の住居として建てられた“アビタ67”は、モシフ・サフディがマクギル大学の卒業論文に書かれたもので1960年代の未来住宅の先駈けとされる。
工場生産による量産式による集合住宅。打放しコンクリート建築の範疇に入るか否か。
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 新しい形態を追求したサフディは、コストダウンのメリットを犠牲にしてもボックスユニットによる新しい集合住宅の可能性を追求したといわれる。反面、現場打ちの打放しコンクリートで作ろうとしたらこのスタイルの集合住宅は途方もない費用がかかり、工場生産のボックスユニットだから実現したといわれている。さてどちらに軍配があがるか?
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-10-22 07:20 | ブログ

第百十六話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   磯崎 新

 1931年大分に生まれる。1954年東京大学工学部建築学科を卒業。丹下健三研究室で黒川紀章らと一緒に1960年東京計画に参加。その後東大大学院へ、建築学博士課程を修了。1963年丹下健三研究室を退職。磯崎新アトリエを設立する。
 1967年初期の代表作打放しコンクリートによる大分県立大分図書館は日本建築学会賞作品賞を受賞。
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 以降、数々の名作品は枚挙にいとまが無い。しかも、国内に留まらず海外での活動も多く、その作品は1986年英国RIBAゴールドメダル、1996年ヴェネチアビエンナーレ建築展金獅子賞受賞など。
 建築家磯崎新は東京大学、UCLA、ハーバード大学、コロンビア大学など国内外の客員教授としても活躍。その一方、著作に於いても存在感を示す。その他多くの国際コンペの審査員をつとめるなど多彩な活動を展開、留まるところを知らない。
 門下生には六角鬼丈、八束はじめや吉松秀樹など有名建築家を輩出する。
 なお、代表作大分図書館は1997年改修され、アートプラザとなる。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-10-15 07:22 | ブログ

第百十五話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」     ルシオ・コスタ

 1902年フランスのツーロンに生まれ、イギリスのニューカッスル・アポン・タインのロイヤル・グラー・スクールを経てフランスモントルーのコレージュ・ナシオナルに学ぶ。1917年ブラジルに渡り国立美術学校で建築を専攻、ルシオ・コスタは巨匠コルビュジェを知り強い影響を受ける。1957年ブラジル新首都コンペにおいて全体計画案に入選。オスカー・ニーマイヤーがその建築にあたる。打放しコンクリートを軸とした国会議事堂・最高裁判所・行政庁が配置され、板状の高層事務棟を並列した議事堂から成るもの。
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 建築家ルシオ・コスタは都市計画家として、この首都ブラジリアの設計によって一躍注目される。
 1998年96才、リオ・デ・ジャネイロで死去。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-10-08 07:21 | ブログ

第百十四話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」   ゴッドフリード・ベーム

 1962年ゴッドフリード・ベームの初期の打放しコンクリートによる代表作品“ベンスベルク市庁舎”。中世の街並みに調和した彫刻的、結晶のような造形、打放しコンクリートの腰壁とガラス窓が交互に帯状を構成、ヨーロッパの古い街並、歴史あるベンスブルクの街並に建つ。
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 この頃、日本では建築家丹下健三とメタボリストたちが世界の建築界へ進出。日本の地位向上に飛躍した頃、1964年の東京オリンピック開催、その主要施設の数々は日本の建築レベルの高さを世界に確立された頃でした。
次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-10-01 07:18 | ブログ