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第百五話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」    ジオ・ポンティ

 1891年ジオ・ポンティはイタリア・ミラノで生まれる。ミラノ工科大学卒業後、1923年陶磁器メーカーに就職。その後建築事務所を設立、公共建築の設計活動に入る。1958年ミラノ中央駅の駅前広場に建てられた「ピレリ・ビル」。イタリア最初の高層ビルで戦後の建築作品の中でも代表的なものとして知られる。
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 高さ124mの打放しコンクリートのタワー。イタリア国内だけでなくヨーロッパの超高層建築の先駆け。ところが2002年飛行機事故で損壊、目下補修中とか。
 ジオ・ポンティは建築よりむしろ家具、ランプ、陶器など多岐にわたる分野でイタリアデザイン界を牽引し国内外のデザイン界に多大な影響を与え「イタリア建築・デザインの父」とも称されコンパッソドーロ賞を受賞。惜しけく1979年88歳で死去。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-07-30 07:23 | ブログ

第百四話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」 ルイス・カーン

 1901年ロシア帝国のエストニア地方のサーレマー島に住むユダヤ人の両親の2男1女の長男として生まれる。1906年家族でアメリカに移民、フィラデルフィアに定住。1924年ペンシルバニア大学美術学部建築学科を卒業後ヨーロッパ旅行に。1935年ルイス・カーンは建築事務所を開き居住建築プロジェクトを立ちあげ活動。その活動成果は1939年アメリカ合衆国住宅局顧問建築家に登用。8年後の1947年から10年間イェール大学で教鞭を執る。
 さて1953年打放しコンクリートによるイェール大学アートギャラリーの設計。建築家安藤忠雄は打放しコンクリートの荒々しさを強調したコルビュジェに対し端正な美しさを見出した対照的な打放しコンクリートであると。
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 1923年打放しコンクリートを建築デザインとして表現したのはフランスのオーギュスト・ペレ。以来30年を経て打放しコンクリートは荒々しさをもつコルビュジェと端正な美しさを表現したカーン、その両者に打放しコンクリートデザインの方向性と偉容を見出す。
 1965年のソーク研究所や1974年のバングラディシュ議事堂など著名作品多数。
 1965年デンマーク建築家協会・1971年アメリカ建築研究所・1972年イギリス王立建築研究所からそれぞれ金メダルを受賞。
 カーンは1974年ニューヨークのペンシルバニア駅で心臓発作のため死去。享年73歳。
 この頃、国内では田中角栄内閣の時代、第4次中東戦争が勃発。原油価格の暴騰で急激なインフレが始まり狂乱物価の時代でした。
次回をお楽しみに
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by pikayoshi72 | 2007-07-23 07:23 | ブログ

第百三話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」    フェリックス・キャンデラ

 1910年スペイン・マドリードに生まれる。マドリード建築学校で建築を学ぶ。その傍らスポーツにも万能でスキー・三段跳びや走り幅跳びなどで国内チャンピオン、しかも自らが率いるラグビー・チームも優勝するなど文武両面にたけた建築家。若かりし頃のボクサー安藤忠雄を想起させますね。
 1939年のスペイン内戦でメキシコに亡命。1953年の作品イグラシア・デ・ヴィルヘン・ミラグローサ教会は、キャンデラが1950年設立した会社による最初の設計施工の打放しコンクリートによる第1作。
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 この教会によって一躍建築家(デザイナー)として建築界の注目を浴びる。同年メキシコ国立大学教授に就任。1965年アメリカ・コンクリート協会よりアルフレッド・E・リンドー賞受賞、翌年アメリカ・ヴァージニア大学教授に、以降コーネル大学・イリノイ大学やイギリス・リード大学など多くの大学で教鞭を執る。
 1980年フランス建築アカデミーよりゴールド・メダル、翌年スペイン建築家審査会よりゴールド・メダルを受賞するなど、その活躍ぶりは枚挙にいとまがない。1971年米国に移住するもキャンデラの作品のほとんどはメキシコにある。
 1997年アメリカ・ノースカロライナで87歳で死去。
 次回お楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-07-16 11:16 | ブログ

第百二話   「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」    エドワード・トロハ

 エドワード・トロハは1899年スペインのマドリードで生まれる。1921年マドリード大学土木工学科卒業。トロハは天才的な構造デザイナーとして、スペインを中心とするヨーロッパ各地で活躍。中でも1935年の作品、マドリードのサルスエラの競馬場。打放しコンクリート・シェルの先駆的作品。シンプルで優美な構造体として未だに多くの建築家・構造家が高く評価。
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 合理的な美しい建築、その設計思想や手法は、建築家A・ガウディと並ぶともいわれています。
 トロハの考え方は何物にもとらわれない自由な発想のもとあらゆる手段を駆使して、合理的、経済的な美しい作品を作ること。
 1959年には国際シェル・空間構造学会IASSを創設し初代会長に就任。一層の活躍を期待されつつ1961年62才の若さで死去。
 国内では岸信介内閣時代、岩戸景気で経済成長が続き、高度・経済成長時代でした。時はめぐりその孫、安倍さんが総理大臣とは先のことは分からないですね。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-07-09 07:25 | ブログ

第百一話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」     オスカー・ニーマイヤー

 1907年ブラジルのリオ・デ・ジャネイロのドイツ系の家庭で生まれる。1934年リオデジャネイロ国立芸術大学建築学部を卒業。翌年カルロス・レアン設計事務所へ勤務。
1936年フランスに渡り、かの有名なル・コルビュジェに師事。経験と多大な影響を受けた。その出世作品、1943年ブラジル教育保健省庁舎。未だ無名であったブラジル人建築家ニーマイヤーを世界デビューさせた打放しコンクリート作品。ル・コルビュジェの基本的理論と技術を身につけたニーマイヤーの傑作といわれる。
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 1952年、ル・コルビュジェと共にアメリカ・ニューヨークの国連本部のデザインに参加、母国ブラジルの1960年首都移転に伴う国会議事堂や外務省など主要建築物の設計など世界の建築史にその名声を残す。
 2006年11月99才のご高齢で秘書の女性と再婚したとのこと。
 1970年アメリカ建築家協会ゴールド・メダル、1988年プリツカー賞や2004年には高松宮殿下記念世界文化賞など多数受賞。
 ル・コルビュジェの門下生には世界に誇る偉大な建築家が数多く輩出していますね。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-07-02 07:16 | ブログ