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第九十三話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」     オーギュスト・ペレ

 再度登場、オーギュスト・ペレ。
 1874年ベルギー、ブリュッセルにて生誕。20世紀フランスで活躍した建築家。打放しコンクリートの元祖。鉄筋コンクリートの草分け、コンクリートの父ともいわれています。
 1923年鉄筋コンクリートに芸術的な表現を新しい技術を持ってもって造形、剥き出しのままで仕上げする打放しコンクリートを構造体に採用。当時石材より安価で造形に富むコンクリートを石材に取って変わる建築材料とし、柱、天井などを打放しコンクリートで、ノートルダム・デュ・ランシーの教会はその代表作品。
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 第九十話でのパリのポンテュー街に建つガレージ、1905年ペレの最初の作品とご紹介しましたが、本格的な打放しコンクリートか否かは難しいところ。このノートルダム・デュ・ランシー教会が本格的な打放しコンクリートではないかといわれています。さて、どちらが打放しコンクリートの最初の作品といえるか迷うところ。ご判断はお任せします。
 お話は変わって、皆さんご存知の聖路加国際病院。ペレの事務所に在籍したベドジフ・フォイエルシュタインがアントニン・レイモンドと一緒に設計した作品。意外に身近にあるものですね。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-04-30 09:29 | ブログ

第九十二話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」    ジャコモ・マッテ・トルッコ

フィアット社、イタリアの代表的な自動車メーカー。その巨大工場を設計した建築家、フランス人、ジャコモ・マッテ・トルッコ。1916年より建設開始、1923年操業開始。その建物の両端に設けられた螺旋状の車用斜路。打放しコンクリートの柱と放射線状のリブに支えられ、垂直方向に連続した美しい打放しコンクリート空間を構成。
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 この打放しコンクリートによる構造美はかの有名なル・コルビュジェをして「産業界で最も印象的な風景」と感嘆!
 遡ってオーギュスト・ペレによる4階建て打放しコンクリートガレージ、打放しコンクリートの元祖は芸術建築に端を発したと思いこんでいましたが、意外にも工場にその生誕の秘密があったとは!このフィアット工場、ル・コルビュジェの打放しコンクリート建築のお手本として後に多大な影響を与えたと言われています。
 この頃、第一次世界大戦、日本は未曽有の好景気の時代でした。
 次回をお楽しみに
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by pikayoshi72 | 2007-04-23 07:23 | ブログ

第九十一話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」    フランク・ロイド・ライト

 建築家フランク・ロイド・ライトは1867年アメリカ、ウィスコンシン州生まれ、ウィスコンシン大学マディソン校土木科を中退し、建築家のライマン・シルスビー事務所に入所し、一年後アドラーサリヴァン事務所に移る。
 フランク・ロイド・ライトはアドラーサリヴァン事務所に勤めること7年弱、その後1893年独立し設計事務所を構え活動開始。翌年、最初の作品“ウインズロー邸”を皮切りに1910年までの17年間に200件近い建築設計をされたそうです。中でもイリノイ州オークパークに建てられたユニティ教会はフランク・ロイド・ライトのコンクリート建築の傑作と言われています。
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見るからに打放しコンクリートを連想させる建物、重々しい外観を呈し、コンクリートそのものを引き立たせる作品。その影響を受けた門下生のアントニン・レーモンド、数々の打放しコンクリート建築作品は余りにも有名ですね。打放しコンクリートの原点ここにありでしょうか?
日本国内でフランク・ロイドライトの作品としては“帝国ホテル”が広く知られています。しかし老朽のため1967年に取り壊されましたが、正面玄関部分のみ残され1923年愛知県犬山市の博物館「明治村」に移築されました。
次回をお楽しみに
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by pikayoshi72 | 2007-04-16 07:16 | ブログ

第九十話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」 オーギュスト・ペレ

 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」第八十九話で一先ず締め括って、今回から「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」に移りたいと思います。
 そこで思い悩むことの一つに打放しコンクリート建築とコンクリート建築の仕分けが難しいことです。オール打放しコンクリートであれば疑問の余地はありませんが、内外装の一部に別の仕上げ材によって構成された建築を打放しコンクリートとして括ってしまうことの可否です。この点はそれぞれのご判断とし、不確定要素としてお許しを。
 世界で打放しコンクリート建築とされる最初の作品は?こんなところから入りたいと思います。時代を遡ること1905年オーギュスト・ペレ(Auguste Perret):ポンテュー街のガレージ。
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 フランス/パリのポンテュー街の一角に建てられた4階建てのガレージ。ペレが打放しコンクリートを意識した最初の作品といわれています。柱、梁構造の打放しコンクリート。今日に至るもこの手法は継承されていますね。世界を代表する打放しコンクリート作品とされつつも残念なことに1970年に取り壊されてしまったそうです。歴史を大切にするフランスに於いても建築物によっては厳しい結果があることが分かりました。
 この頃日本は日露戦争前後の騒然とした時代。その一方、トヨタ自動車の元祖豊田佐吉が織機を発明、綿織物が隆盛を極めた頃でした。
 参考文献 ■特集 コンクリートの可能性・GA・素材空間 01:2000.12
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by pikayoshi72 | 2007-04-09 07:16 | ブログ

第八十九話「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」針生承一

 建築家針生承一は1942年宮城県に生まれる。東北大学大学院修士課程修了、1968年から第一工房に13年余り勤務後、1981年針生承一建築研究所を設立、活動開始する。
 打放しコンクリートの代表作品として1994年宮城郡七ヶ浜町に建設された“七ヶ浜国際村”。国際交流を目的とした施設にとどまらず、地域らしさを育む場として計画され、町民参加の総合的な文化施設としたもの。この七ヶ浜国際村は東北建築賞作品賞を受賞。
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 2004年、七ヶ浜健康スポーツセンター“アクアリーナ”+七ヶ浜サッカースタジアムは、公共建築賞優秀賞・公共建築協会会長表彰に。その他、日本建築学会作品選奨など数多くの受賞作品をもつ。その傍ら東北大学、東北芸術工科大学、東北学院大学、宮城学院女子大学や秋田大学などの非常勤講師として教鞭をとる。
 本年65才、これからのご活躍が期待される建築家の一人。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-04-02 07:23 | ブログ