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第七十六話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 丹田悦雄

 打放しコンクリートによるダイキン工業の社宅。建築家丹田悦雄、鳴海邦碩(大阪大学)、田端修(大阪芸大)などを中心として将来の都市住宅の一つのモデルを目指して設計されたものの一つ。
 このダイキンOSAKAアトリオAは1988年の作品。戸数20戸、4階建「日常生活のプライバシーを確保し、各戸の独立性を高める。しかも、社宅外と接する機会をつくりだす。」住戸同士の緩衝空間として、大阪長屋の伝統的な路地的通路が縦横に走るとしたもの。
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 この頃、リクルート事件や消費税の導入などお金にまつわることで持ち切りの時代。時同じくしてバブル経済の幕あけ、株式と土地の高騰が始まり、国中まさに投機全盛へと向かっていました。
 さて、打放しコンクリートで建てられたこれらの住宅は、見事に高容積な都市型の住宅に満たされた生活空間を具現したものとして高く評価され、しかも日本を代表する打放しコンクリート建築の作品としても建築家丹田悦雄の名を轟かせました。
 この第七十六話をもって本年の締め括りとします。
 来年は1月1日“話題の建築家”をスタートとします。この一年ご愛読ありがとうございました。 どうぞよいお年をお迎えください。
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by pikayoshi72 | 2006-12-25 07:16 | ブログ

第七十五話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 山本忠司

 香川県建築課長の経歴をもつ建築家山本忠司。同課長時代の1973年の作品「瀬戸内海歴史民俗資料館」は、日本建築学会賞(作品賞)を受賞、といった異色の建築家。
 さて、建築家山本忠司は「瀬戸内海の景観を建築を通じて再構築する」。先生のこんな思いで築いた作品は石積みと打放しコンクリートの量塊。
 この時代、日本列島改造論を唱える田中角栄内閣、地価上昇に加え第4次中東戦争勃発、石油危機に日本列島は急激なインフレ(狂乱物価)に見舞われ、世情は狂奔した頃でした。
1985年NTT、JTの発足と時同じくして設計事務所開設。その代表作、打放しコンクリートによる「瀬戸大橋記念館」は、日本を代表する打放しコンクリート建築として選ばれる。
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 この他、小豆島民俗資料館を始め、公共施設や民間施設など多数手掛け、地域社会の埋もれた歴史観に貢献、今後の活躍を期待されつつも1998年 享年75才でご逝去されました。
 ご冥福をお祈りします。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2006-12-18 07:15 | ブログ

第七十四話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 山本理顕

 建築家山本理顕は、1945年中国北京に生まれ、1968年日本大学理工学部建築科を経て、1971年東京芸大大学院美術研究科建築専攻修了後、東京大学生産技術研究所へ入所。ここで原広司研究室の研究生として学ぶ。
 2年後の1973年(株)山本理顕設計工場を設立し、活動を開始。1987年、横浜市内の幹線道路に面して建てた ROTUNDAは、打放しコンクリートの外壁とテントで出来た象徴的な屋根。
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 絶え間なく排出される排気ガス、劣悪な都市環境の中に住まざるを得ない人々の生活上の機能を確保しつつ、駐車場・店舗・貸アパート・貸事務所を擁した住宅。言うなれば“雑居ビル”を一つの建築としてまとめたもの。都市に住む人の意思表明の作品ともいわれ、生活環境の難しさに対する解答と高い評価。しかも日本を代表する打放しコンクリート建築としても挙げられています。
 当時、中曽根内閣の時代、国営企業の分割民営化が断行され、NTT、JT、JRがスタートした頃でした。激動の世の中が想起されますね。
 建築家山本理顕は、日本建築学会賞をはじめ多数の受賞作品と著書を出版されています。
次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2006-12-11 07:13 | ブログ

第七十三話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 竹山 聖

 第72話でお話しした建築家原広司門下生の一人、竹山聖。1954年の大阪生まれ。
1979年京都大学を卒業。東京大学大学院にて博士課程を修める。その大学院在学中の1979年友人と設計組織アモルフを創設し設計活動を開始。その傍ら1992年には京都大学の助教授に就任。同時に都市の原型を辿る古代都市遺跡を学生と共に訪れ、その成果として現代都市ヴィジョンを構想、提案する。
 1987年打放しコンクリートによる作品OXY乃木坂を発表。日本を代表する打放しコンクリート作品として選ばれ、しかも同作品は1991年のアンドレア・パラディオ賞をも受賞する。
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 建築家竹山聖は1982年,83年度のSDレビューに選ばれた高雄と古河の住宅を皮切りに、1986年から95年にかけ連続して各分野の作品賞を受賞。1998年には、かの有名なファッションデザイナー山本寛斎氏の本社ビルを設計しました。
 建築家として輝かしい活躍に加え著作「竹山聖」を発表、個展「不連続都市」などを開催。
1990年にはニューヨーク、ボストンなどアメリカ、ヨーロッパを巡回、1998年よりスペイン・ヴァレンシア工科大学、99年よりパリ・ラヴィレット建築大学で学生の指導にあたる。
まさに東洋、西洋を股にかけた活動は驚異の限り。ますますのご活躍が期待されます。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2006-12-04 07:29 | ブログ