<   2006年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

第五十話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 第一工房 高橋てい一

 高橋先生は1924年、日本統治時代の中国・青島でご生誕。
その翌年日本で最初の国営ラジオ放送が始まりNHKはその翌年に出来ました。
先生は東大卒業後1949年現在の郵政公社(逓信省営繕部設計課)に在籍7年後武蔵工業大学に助教授として赴任。
1967年から大阪芸術大学に招かれ教授として実に28年間活躍。
ここまでが高橋先生の略歴。
 教鞭を片手に1960年第一工房を設立、いよいよ建築家としての形を表す。
時代は岸内閣、日米新安保条約調印の年、米軍の駐留費を負担することになったこと、ご存じでしたか?
さて本旨に戻って打放しコンクリートで形成される大阪芸術大学とその関連の施設。
e0030813_7185965.jpg

1979年の文部大臣賞を皮切りに日本建築学会賞作品賞、日本芸術院賞など総ナメ!
e0030813_7191527.jpg

勿論その他著名作品は枚挙にいとまがない位。
しかし何と言っても高橋先生のイメージは大阪芸術大学の超弩級で迫る打放しコンクリート。
これ程素材を生かし印象づける作品は珍しい。
e0030813_7193418.jpg

次回をお楽しみに。
[PR]
by pikayoshi72 | 2006-06-26 07:20 | ブログ

第四十九話「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 芦原義信

 打放しコンクリートによる中央公論ビルディングがデビュー作品、しかも日本建築学会賞を受賞、デビュー作品でいきなり学会賞とは驚きですね。
1956年、芦原義信建築設計研究所を設立し、その傍ら東大、武蔵野美大、法政大学の教授を歴任、
日本建築学会会長まで務めるなど建築界の偉才。
 芦原先生は高度成長下、町並をこわし山を削り川を埋めことによる景観破壊の現実に対し建築計画と都市計画の両側面から人間優先の環境を考えるといったことを根底に活動されたとのこと。
著名な打放しコンクリート建築作品には1963年香川県立図書館、1964年駒澤体育館などがあります。
e0030813_7285984.jpg

特に1967年の武蔵野美術大学校舎は名建築として、良く知られた打放しコンクリート作品です。
e0030813_7291331.jpg

 その他、打放しコンクリート以外にも多数の名建築を残され、数々の賞を受けられたとのこと。
 著書も建築と同様、出版文化賞などを受賞されるなど、1956年のスタートから2003年9月に至る活動は目覚ましく晩年には文化勲章を受賞されましたが、2003年9月、85才で逝去されました。
ご冥福をお祈りします。
 次回をお楽しみに。
[PR]
by pikayoshi72 | 2006-06-19 07:30 | ブログ

第四十八話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 大谷幸夫

 建築家大谷幸夫と言うべきか大学教授大谷幸夫か迷うところ。
1946年から1960年までの14年間、丹下健三研究室の門下生として在籍。
1949年大谷先生は丹下健三研究室の打放しコンクリートによる最初の本格的建築とされる広島平和記念資料館に参画。
その意味では戦後の日本での打放しコンクリート建築の草分けと言える。
1961年大谷先生は設計連合を設立、その後1967年大谷研究室となる。
大谷先生の独立後の作品には打放しコンクリートが多く採用され、その代表作品に1964年の東京都児童会館や1969年の金沢工業大学は打放しコンクリート作品として日本建築学会賞の受賞に輝く。
e0030813_7231686.jpg

 大谷先生は地域の自然と地域社会との調和の上に建築はあるべきとのお考え。
建築素材としての打放しコンクリートは何故か木立の深い自然環境の中で静かに佇み同化される。
こんなところが調和の原点か。
 ところで1964年は戦後最初の総選挙が行われ新憲法が制定された年。
広島平和記念資料館と時同じくして新生民主国家日本のスタート。
一方靖国参拝で物議をかもす戦犯奉祀、この戦犯を裁いた極東軍事裁判が開始された年でもありました。
 打放しコンクリートも時代の幕開けを告げる生き証人と言えますね。
世の中、常に明暗が交差しているものですね。
 次回をお楽しみに。
[PR]
by pikayoshi72 | 2006-06-12 07:24 | ブログ

第四十七話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 磯崎 新

磯崎先生は知る人ぞ知る、丹下健三研究室の門下生、1952年以降に建築された広島平和会館など、打放しコンクリート建築には丹下先生の片腕として数々の作品に参画。
その後1963年磯崎新アトリエを設立し活動を開始。
e0030813_7144799.jpg

1967年打放しコンクリート作品、大分県立大分図書館を完成。
見事、日本建築学会賞(作品部門)を受賞。 
その後の活躍と素晴らしい作品の数々は牧挙にいとまがないといったところ。
磯崎先生は国内に留まらず1980年代以降、ロサンゼルス現代美術館、ブルックリン美術館など海外でも活躍、1986年には王立英国建築協会(RIBA)よりRIBAゴールドメダルを受賞するなど海外で最も有名な建築家の一人となりました。
以下に磯崎先生の打放しコンクリート建築、20世紀を代表する7作品のご紹介します。
NO.   年代        作品名     
 1. 1960(S35)  大分県立医師会館
 2. 1966(S41)  大分県立大分図書館
 3. 1974(S49)  北九州市立美術館
 4. 1974(S49)  北九州市立図書館
 5. 1997(H09)  群馬県立近代美術館現代美術棟
 6. 1997(H09)  アートプラザ磯崎新記念館
 7. 2000(H12)  岐阜県営住宅ハイタウン北方角ブロック第2期

e0030813_715627.jpg

話は一変して2006年5月12日付け読売新聞社会面記事に2016年夏期五輪開催地に東京都と福岡県が立候補、こともあろうに東京はかの有名な安藤忠雄先生、福岡は磯崎新先生がそれぞれ制作総指揮と、、、まさに世界的建築家の巨人対決、どんなプランが飛び出すか興味しんしんと言ったところ、楽しみですね。
次回もお楽しみに。
[PR]
by pikayoshi72 | 2006-06-05 07:21 | ブログ