「打放しコンクリートと共に」 その(58)

こんにちはpikayoshi72です。

 今回は建築仕上げ技術1993年8月号、学会賞受賞者対談「打放しコンクリート面の生と命」の第3回目、「再生する心は型わくへの供養」をご紹介します。

再生する心は型わくへの供養
地濃◇経年劣化した打放し建築で、型わく模様が消えて砂じまが現れたもの。黒く汚れた壁面。鉄筋が顔を出し錆汁を垂らしているもの。雨水の痕跡が汚れを助長しているものなど、いずれともみすぼらしいものがありますね。
吉田◇型枠模様が消失した表面は、モルタル仕上げと同じようになり、味気ないですね。
 一説には、これが自然と共に朽ちていく打放し建築の姿であり、これも良しとする考えもあるようです。しかし、建築の使命から考えれば首をかしげたくなりますが。
地濃◇建物を健全に維持していくことは社会資本の蓄積でもあると思うのです。また環境保全の立場からも。この種の仕上げ面を補修するとか再生するとかは、極めて重要なこととおもいますね。
吉田◇私どもは再生と言う観点から、打放し仕上げ面の維持・保全に30余年取り組んできまた。
 経年劣化した表層部の素地の調整から最終工程の超耐候性防水仕上げまでの一貫したシステムを確立し、特に型わく模様の復元に思いを込めています。
地濃◇思いを込めていると言いますと?
 先ほど話されていた、いかにしてそこに生命を宿すか。つまり、「生命はある個体に宿るにすぎない。個はやがて滅び死ぬ。しかし、生命は生きながらえて永続する」と言うことですね。
吉田◇そうです。
 脱型後に捨てられた型わく。コンクリートの転写によって命をなくした木。
 型わく模様の復元に思いを込めることは、彼らへの墓参りなのです。型わくへの供養なのです。型わく模様をその思いで一つ一つ描くのです。描いたもの全てが異なるから生命力を持つものになる。それが再生です。私どもの理念は再生することにあるのです。
地濃◇確かにそのように思います。
 工業的な型台でのプリント造形ではパターンが同一ですよね。これでは自然の風味は得られない。型わく模様の復元は、手作りの心で、甦る再生技術と言えますね。それゆえに苦労も多いのでしょうね。
吉田◇型わく模様を一つ描くにしても、それはコンクリートの顔色に合わせたものでなければなりません。ところが、コンクリートの顔色はセメントや砂の違いで全国各地みな異なるのです。顔色は現場に出向いて初めてわかる。適切な調合や技術を要することになる。色彩、質感を変えることなく再生し耐久性を付与することが苦労の一つです。
地濃◇コンクリートを製造する過程で、試し練りと言うのがあります。
 セメントは工業製品ですから、全国各地、どこで用いてもそうは品質が変わるものではありません。ところが、砂、砂利に至っては品質はまちまちです。これらを練混ぜるのですから異なるコンクリートができあがるのは当然。その上、水和反応によって育っていくため、不確定要素が実に多い材料です。
 目的に応じるコンクリートを得るためには、試し塗りによって調合を見出す訳ですから、これと同様、その調合管理や技術のご苦労は手にとるように良くわかります。
吉田◇ところ変われば品変わる。セメントで造りだすものは生き物ですから、生まれ育つ環境に大きく支配される。実に個性あるものですね。
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次回は建築仕上げ技術1993年8月号、学会賞受賞者対談「打放しコンクリート面の生と命」の内、「事なるは困苦の時」をご紹介します。

この年の重大ニュースとして1月15日、北海道釧路沖で地震発生。そして7月12日、北海道南西沖地震、北海道から東北地方を中心とした「北海道南西沖地震」が発生しました。北海道の奥尻島で津波と大火事があり壊滅状態となり、死者・行方不明者239名を出す大惨事となりました。

それでは次回をお楽しみに!

打放しコンクリートについてもう少し詳しく知りたい方はこちらへどうぞ!
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by pikayoshi72 | 2009-02-16 07:31 | ブログ


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