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第百六話「世界を代表する打放しコンクリート作品とその建築家」    ミノル・ヤマサキ

 ミノル・ヤマサキの両親は日系移民として富山県よりシアトルに移住。1912年日系二世としてシアトルにて誕生。この頃のアメリカは不景気と人種差別の時代。父親は貧しい靴職人、苦しい生活のなか学費を稼ぐためミノルは缶詰工場で働く。困苦にめげずワシントン大学建築学科をトップで卒業、引き続きニューヨーク大学大学院に進み修士号を。この流れだけで感動しますね。
 次はおめでた。1941年日系アメリカ人のピアニスト、テルコ・ヒラシキと結婚。その4年後スミス・ヒンチマン&グリルス設計事務所のチーフデザイナーに。1949年自身の設計事務所を開設活動開始。
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 打放しコンクリートで構成されたランバート・セントルイス国際空港は優美なターミナル空港として高い評価を!以降、オフィスビル、空港ターミナル、大学、美術館や公共建築など世界各地に作品を残す。ミノルはアメリカ建築家協会(AIA)のファースト・ホーナー・アワード賞を1959年2回・61・63年と四回受賞する。
 中でもミノルの重要作品の一つ、ニューヨークのワールドトレードセンター。2001年9月11日のテロによって倒壊、この衝撃的事件は世界を震撼。
 日本国内では1954年神戸米国総領事館(日本建築学会賞作品賞)、1979年シェラトン都ホテル東京、1988年神慈秀明会ホール(滋賀県甲賀市)など。
 1986年癌のため73歳で死去。波瀾万丈の建築家!
 次回お楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2007-08-06 07:22 | ブログ


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