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第六十七話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 大高正人

 大高先生は1949年東大大学院修了後、同年前川国男建築設計事務所へ。
1954年、戦後初めて国の主宰で行われた「国立国会図書館懸賞競技設計」へ出展し、前川国男率いるMID(ミド同人)によるプランが見事一等に選ばれました。
このMIDの中心的役割を果たした人物が大高正人氏!国会議事堂に隣接する敷地に建設、「如何にして国会議事堂と調和均衡を図るか」が最も重要なことであったといわれています。
MID大高先生らは、この国立国会図書館設計にあたり「空間を創造する二原則」を設計の基本として
その一、建物を使う人々の側から考える。
その二、建物の材料、工法、設備、構造など綜合的に考えて、書架の単位である6.3mからスパンを決めたとされています。
さて本題に入り、国立国会図書館、その建物の主体を形作る材料が打放しコンクリート。何故か次の様です。この打放しコンクリートにかせられた役割は、当時もてはやされた近代建築 “総ガラス張り”。醸し出す空間は人々の心に落ち着きが形成されにくいことを背景として打放しコンクリートを採用したそうです。素材のもつ重厚感と簡素な造形美を形成することが出来る唯一の素材として。
まえがきが長くなってしまいました。大高先生は建築家前川国男師匠のもとに13年間在籍、1962年大高建築設計事務所設立、活動開始。1967年坂出市都心再開発に参画、地上6~9mの高さにRC基盤面を作り、その上に打放しコンクリートの集合住宅を載せたもの。
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有名な坂出市人工土地として良く知られています。その他大高先生は、1974年建設省中央建築審査会を始め日本建築士会など役職につかれ活躍されました。
打放しコンクリートの建築作品は勿論のこと、多彩な活動の成果は2003年の旭日中受賞など数々の受賞歴として残されています。
次回をお楽しみに
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by pikayoshi72 | 2006-10-23 07:17 | ブログ


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