第三話

 穴のあいた打放しコンクリート建築、普段この段階では見ることは出来ません。
 何故って?かくしている訳ではありません。
 作業現場は殆どシートや塀が立てられて、外から見えない様な場合が多いですよ。
大きな工事になると出入口にはガードマンがいますよね、目的は中で作業する人達と周りの人々の安全と事故防止のためです。
不出来な穴のあいた打放しコンクリートをかくす為ではないことをくれぐれもお忘れなく。

 こんなお話しをすると打放しコンクリートは、すべて不良品なのか?なんてことにつながりそうですが、そこは技術者の腕のみせどころ。
そうは言っても透視出来ない手探り作業である以上、神のみが知る幻世(現世)の残された一手法とも言えるかなあ。

 何か横道へそれてしまったかな、ハンドルを元に戻して打放しコンクリートの不良品の修理に常識と理屈では通らない現代の不思議物語を聞いて下さい。

 打放しコンクリート建築現場、シートで囲われた作業場の一場面、ご想像出来ますか?型枠をはずしたところ打放し表面には不良品につながる穴(巣穴)、アバタ、そして流入生コンを邪魔した鉄筋が表面の素肌を直撃、不良品の誕生シーン。
野球で言えば 0対0 の最終回に満塁ホームランを許した敗戦投手の心境かなあ、これは現場に携わった人にしか分からない心に与える衝撃。

 今までの話は、この修理に関心をもち、何とか出来ないかなあーと、思った私の40年余り前の出来事の一こま。
これが切っ掛けになって現在があると言ったところです。
その切っ掛けで、この打放しコンクリートの不良品を修理して、本来の素肌に出来ないものか6年余り思案に明け暮れしていたんですよ。

 初期この修理に最も適した人は誰?そうです、セメントに最も親しんでいる左官屋さんですよ。
その人に頼めばいい、上手に修理してくれるから心配ご無用と対応処理に絶大な期待を持っていたですよ。
そこで登場したのが伝統技術の承継者、経験50年余りの左官さん、打放しコンクリート不良箇所の素肌の復活にかけて意気揚々の出番、これにて一件落着と相成る筈が、どっこい、そうは問屋が卸さないと言うことなんです。
その実相をお話ししましょう。

 修理の要点は、お分かりの様に繕ったところが違和感のないものにすること不良箇所を元の素肌にすることですよ。
意気揚々として取り掛かったくだんの熟練左官、修理箇所に合わせて材料を調合、無事工事完了と相成る。が、後日見るも無惨な出来栄え。
この実相をふまえ何人かの熟練左官の登場なるも全く同じこと。
打放しコンクリートの修理の不思議はここが原点ですよ。


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 つまり、生コンクリートと同じ様に調合した材料で修理するも、全く上手に出来ない。
そればかりか、不良箇所はここぞとばかり示威するごとき際だって見える修理跡。
これでは修理どころか、不良品をより強調する結果となってしまうんです。
打放しコンクリートの修理は、まさに理屈や道理ではおぼつかないことが分かったんですよ。

 物事の行きづまりには、もう一度原点に帰ることと言われますよね。
ところで生コン、やわらかなコンクリートが時間の経過を経て固くなる。
この生命の誕生、流し込みと生成課程が自然環境の影響受けて、生まれも育ちも一緒であっても、素肌の出来具合が違ったものとなってしまう不思議な代物。
人間の兄弟とあまり変わらないところが似ているなあーと、思ったですよ。と言うことが分かるまでに6年余りの歳月がかかりましたんです。
この不思議な現象が分かっているから、道が開けてきたみたい。
ふところは火の車、当然のことですよ。
失敗の連続でしたからね。

 この原点回帰で始まる打放しコンクリートの素肌にせまる難行苦行のスタート、不思議解決への遠い道程の第一歩かも。
時、1959年伊勢湾台風で死者、行方不明5000人を超える被害にあった年。台風の被害に比べれば失敗の被害は取るに足らないと思い直して続けることにしたですよ。

 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2005-08-01 08:38 | ブログ


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