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第四十三話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」 菊竹 清訓

 戦後の日本を代表する打放しコンクリートの住宅作品として、1958年菊竹先生の自邸:スカイハウスがあげられます。
その形状は打放しコンクリートからなる空中に持ち上げられたような正方形の平面ワンルーム。
メタボリズムの原点といわれています。
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そのメタボリズムとは、来たるべき社会の姿を具体的に提案するグループの名称だそうです。
その発生源は、1960年東京産経ホールに世界26ヶ国よりデザイナーが集結、そこで世界デザイン会議が開かれ、その成果は日本インダストリアル・デザインやグラッフィックデザインの世界に大きな影響を与え、これを起爆剤として当時の若手建築家を中心としてメタボリズムが結成されたそうです。
その一人が菊竹先生。
菊竹先生は戦後の物質不足のなか、有効利用できる部材は転用する生活実態体験から、「とりかえ」のシステムを構築、つまり取替え可能な住宅を作る。
これが菊竹先生の自邸:スカイハウス、極めて現実的で合理的な発想ですね。メタボリズムの先見性が実証された住宅作品として高い評価。
時は1958年、世界デザイン会議の二年前のこと。
戦後の日本、壊滅的な破壊によって物資不足は頂点に達していた時代から復興へ、こんな背景が生み出した建築の手法か。
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1945年(S20)、B29爆弾攻撃による空襲で破壊された国鉄浜松工場(現、新幹線車両整備工場)
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打放しコンクリートの住宅作品、スカイハウスの外、1963年:出雲大社庁の舎、1968年:島根県立図書館、1964年:久留米市民会館そして1974年:パサディナハイツの五つが打放しコンクリート作品の代表作として良く知られています。
菊竹先生の一端を知り、その打放しコンクリートの代表作を見ると菊竹先生特有のものを感じさせますね。
菊竹先生はメタボリズムの実践者として活動し続けたそうです。
次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2006-05-08 07:27 | ブログ


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