第三十六話 「打放しコンクリートの日本を代表する作品とその建築家」丹下 健三 (1)

 日頃見慣れない巨大な打放しコンクリート建築をまのあたりにすると、圧倒され絶句することがありますね。
まさに建築家丹下健三先生は、人間そのものが巨大すぎて絶句はおろか視角からもはみ出てしまうと言った思いです。
しかし、意外のことに丹下先生は旧広島高等学校時代(17歳)の頃は、文学や芸術に傾倒していたそうです。
それが建築家への道を選んだ故は、外国の雑誌でル・コルビュジェの作品を見て感銘、一転して建築家を目指したそうです。
そこで本命の打放しコンクリート建築の範疇に絞って、かの打放しコンクリート代表作品に埋もれた狙いとその繋がりを尋ねてみました。
 広島平和記念資料館(1952年)を始めに、代々木競技場に至る打放しコンクリート代表作品10点。
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その打放しコンクリート建築造形の根元は?「日本の伝統建築とモダニズムを結びつけた、つまり日本文化の持つすっきりとした建築様式を近代的なものに取り込み打放しコンクリート建築に具現化した」 ことにあるとか!などを頭に入れ打放しコンクリート作品をみると、ある種の神々しさと、日本の歴史と伝統を彷彿させる雰囲気を醸し出し、身に迫るものがありますね。
丹下先生曰く 「建築は芸術であること、人に感動を与えるものが建築である」と。
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 丹下先生は戦前・戦中・戦後にかけてご活躍、中でも戦後の復興に果たした役割は枚挙にいとまが無いといわれています。
そこで興味引くことが一つ。
戦後の貧しい頃の建築は“住めればいい、雨露をしのげればいい”、バラック建の粗末なもの、そんな時世でしたよ。
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当時建築に使える素材が極めて少なく選べる材料は限られ、やむを得ず打放しコンクリートを使った。
と丹下先生は後日お話をされたとのこと。
今まで、芸術的建築作品には打放しコンクリートが最も近い素材で、打放しコンクリートが故に芸術作品が生まれたとも一面思いこんでいましたから、この様なことは想像したことすらありませんでしたよ。
凡夫たる由縁か。
物事の由来は分からないものですね。
 次回をお楽しみに。
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by pikayoshi72 | 2006-03-20 07:25 | ブログ


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